よんな~便り

ひっそり活動継続ブログです

かわりゆく記憶

砂川さんのメルマガに投稿した文章です

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先日、砂川さんのヘルシー弁当の画像を見せてもらった。おかずにかまぼこ(さつま揚げ)が入っていて、それをきっかけに那覇のまちぐぁーの老舗のかまぼこ屋さんが閉店してしまったを話しました。2人してハァーン残念〜となりました。

もうあのチキアギ=(沖縄でさつま揚げのこと)や丸天(小さく丸めて揚げたかまぼこ)は味わえないのね…シクシク。そうだ国際通りの中心付近にあった沖縄そば屋もなくなった…。

昔から当たり前にあった風景が…。

 

沖縄は恐ろしいスピードで街の色を変えています。これまで無かった暗いの勢いで『どこでも同じ化』が進んでいます。那覇なら那覇の街の雰囲気、宜野湾なら宜野湾の雰囲気、コザはコザと言うような、街の色というか空気が無くなる。

もしまだ沖縄風景が残っている所でも、次行ったら消え去っているかも…いや、多分、消えているはず。言い切ってしまえるくらいなのです。だって、建物がガラリと変わっているのです。これまでは、古い建物でもペンキの塗り替えや補修をして使っていたから中の店や街の色は変わっても、風景というかその土地の形は残されていました。でも今ではどんどん形が無くなってしまっています。

 

建物の安全性を考えると壊して安全なものに建て替えるのは仕方ないけれど、まったく面白味無しの建物、特に全ての空き地にはマンションが建つという感じ。店が集まるとこは、「イオン」や沖縄の代表的なスーパー「サンエー」を中心に食べ物や、靴屋、コインランドリーとか決まった数軒の店がかたまったショッピングモール系の作りでどこでも同じを提供している。

 

そんな中でも個人の店もある。しかしそこはそこで代替わりしていたりで、色がガラリと変わるケースもある。沖縄風味を続けている店もあるけれど、そういう貴重な沖縄ン店舗は大繁盛店(懐かしの沖縄を見つけた人々で賑わい)になっていて、以前から行っていた人は気軽に行けなくなるというケース多しで、難しい。

 

あ、でも一方で若い人がカフェなど小さい店を始めるのも増えてはいます。店もコンセプトも凝りに凝っていて、古い感じにしていても綺麗な店。それが新しい沖縄風景を作って行くんだろうなぁと思います。

それにしても世代によって街の記憶が変わるなぁと感じます。

世代を跨いで通じていた記憶の共通点が無くなって行く。

沖縄の雑多な色が混ざるゆる〜い街の記憶は、私たち世代までなんだろうなぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

今年も巡って

先日書いた文

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もうすぐ銀平さんの命日。画像の銀平さんはいい笑顔。

今、この文章を書いているiPad、買ったばかりの頃に設定を一緒にやってもらった。わざわざ県庁前駅近くにあった35コーヒーとサブウェイがコラボしたショップに来てくれて(銀平さんに砂川さんが、ヘルプしてあげてと頼んでくれたのだった)おかげでスマホとかアプリとか全然わからなかった私が、遅ればせながらLINEのアプリを入れた。

試しに銀平さんからテストメッセージを送ってもらって、大体の使い方を教えてもらって…

久々に銀平さんのLINEを見てみて一番初めのコメントを見たら喉の奥がギュッとなって涙が溢れてきた。

もっとやり取りしたかったな。

 

もうすぐ沖縄は旧盆。沖縄のお盆のご馳走には田芋を使った料理があるのだけれど、砂川さんも私も大好き。でも銀平さんはあんまり〜(笑)だったな。

沖縄であちこち美味しいもの美味しい店を見つけて教えてくれた銀平さん。

 

 

 

 

June PRIDE

 

砂川さんのメルマガに掲載された文をこちらにもUP

ちょっと加筆しました。

 

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プライド月間

 

今月は世界プライド月間です。

密かに6月はJune brideならぬJune PRIDEだよなぁと思っている私。

日本でもあちこちでプライドイベントが開かれているけれど、「プライド月間」についてはまだよく知られていないだろう。

世界中で開催される大きなイベントは、国という縛りを越えてつながり合う人たちの祭典だ。

私が学生の頃は、メディアを通じて「アメリカやオーストラリアでLGBTイベントが行われました」というほんの短いニュースが入ってくるだけだった。遠い外国では、私と同じ立場の人が自分たちが生きることを闘っているんだ。仲間も多く、サポートしてくれる人たちもいるんだと羨ましく思っていました。

英語の能力も何の得意も無い私が「向こうで生きたい。生きやすい場所で生活したい」と夢を見たほどでした(素朴だなぁ)。

画面にチラッと映るパレードの様子は、皆、笑顔で明るく、前を向き素敵だった。スローガンを掲げる人たちの存在を観て私は勇気をもらっていました。

その後、東京でも初めてのパレードが行われました。私は、とにかく日本で公でプライドイベントが開かれたというニュースを見聞きしただけで「うぉー」と心の中で雄叫びをあげ、いつか絶対に行くんだ!と思ったのでした。でもポジテブな思いだけではなく「私が行くまで続いてて欲しい」「1、2回で終わってしまう可能性は大いにあるもんな」とネガティブに考えてしまう自分もいました。実際、始まった東京のプライドイベントの連続開催はは止まってしまいました。

それから何年も経って、東京のプライドイベントが復活。私は30代でやっと初めての東京プライドへ。あの開放感に浸ったのでした。

プライド当日、原宿駅までの電車の中で同じイベントへ向かうであろう人たちを見つけてじんわりしました。駅の改札を出ると虹色を身につけた待ち合わせをしているグループが。電車で見かけたお仲間さんも合流していきます。おお〜」素晴らしいと心は前へ前へ。

明治神宮の入り口前を横切って代々木公園の入り口に向かう歩道、手を繋ぐカップル…

イベント会場の賑わい、レインボーフラッグがひらひらと私を迎えてくれました。会場の圧倒される熱気を木陰に立ち見つめながら、いつかこの空間を沖縄でも味わいたい!と思いました。私の生きているうちに叶えたいことになりました。そしてそれは砂川さんとの出会いが無ければ達成出来なかったことです。出会いは神様からのギフトだと思っています。

 

自分がLGBT活動をするようになって、私的には毎日がプライドイベントになったようでした。いや、毎日生きることはプライドイベントだな(笑)

 

自分のセクシュアリティを「レズビアンである」と引き受けれれ、「私は女性だ」と胸を張れるようにもなりました。オープンにして生きることは隠さずにいれることで、こんなに心と体が軽くなるんだと今でも改めて実感します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姪っ子の話

 

砂川さんのメルマガに載せた記事です

自分なりのコツコツ活動が実っているなぁと感じたことです👍

 

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先日、妹家族と出かけた時、姪っ子(小学4年)がペンケースを買い替えると言うので一緒にその店へ。姪が嬉しそうに「コレ〜」と持って来たのは、私のイメージしてたペンケースとは違っていました。私は、キラキラおしゃれポーチじゃん、学校はこれ大丈夫なの?と聞きました。すると、今、こういうの持ってる子多いよと。  

ふむふむ、なるほどジッパーで3つに仕切られていて、大容量で色ペンも定規セットも入れられる。ポーチにもペンケースにも使えて実用的だ。姪っ子はお気に入りを手にして嬉しそう。

 

買い物を済ませ、私とパートナーと、姪っ子とその母親(私の妹)とでお茶をしながら自分たちが小学生の頃の筆箱の話になりました。女の子は赤やピンク、男の子はほとんど青だったよねと。特に男の子向けのは、ガチャガチャと何段式とか凄い仕様が流行っていて、ボタンが付いていたり、で、それを押すとケースがスライドして飛び出すみたいなのもあった。  

 

ちなみに私のは赤のシンプルな、一つだけ扉というか入れる場所がある筆箱でした。多分、母と買いに行って決めたと思うけれど、選んだ記憶が無い。ランドセルも筆箱も「女子は赤(赤系)」の時代だった。口々に「今なら好きな色選べるね」と言った。通学の鞄だってランドセルじゃなくていいしさ(私たちの時代は決まっていたんだろうか?)。実際、姪っ子はランドセル以外の鞄を使っています

 

ランドセルの話からパートナーが、姪っ子に「そういえば、聞きたかったんだけれど、最近になって那覇市とか小学校でランドセル以外の鞄もオッケーってニュース出たよね。〇〇ちゃんは初めからランドセルにしなかったでしょう、なんか言われたりした?」と聞きました。パートナーは姪っ子が入学する際、ランドセル以外の鞄を選んだことをどう捉えているか聞いてみたかったらしい。

自分が納得しているのか、親の意向を優先させてないかとか…と。

 

「一回だけ言われたー」と姪っ子。「何でランドセルじゃないのか?」と聞かれた(聞かれたというよりおかしいと指摘されたんだね)。それに対して姪っ子は「は?学校にはランドセルって誰が決めたの?」と聞き返したらしい(笑)。すると相手は、バツが悪そうに「学校はランドセルだろ!」と言い返して、その後何も言わなくなったらしい。母親もここまで踏み込んで聞いたことなかったと驚いていました。

 

ランドセルは高いし重いし、子供に持たせたく無いと思っていた親は、学校が提示した入学時用意する物の記述に通学鞄はランドセルに限るとは記されて無いのを確認して、親子で軽くて丈夫で価格も安い鞄選びをしたのでした。選んだのは京都の学校で使われている鞄でした。その京都の学校でもランドセルの重さと高額な価格を問題視したんだそうです。

おかげで予備の鞄まで買えて満足したのでした。

 

先の話に戻りますが、パートナーが姪っ子に「鞄について自分で考えて答えたんだね」と言うと、「あの子たちは知らないんだよ。自分とは生活環境が違うんだよ。」と姪っ子の言葉。続けて「だっていろんな考え方やいろんな人がいるんだよ?」と。  

私もパートナーも妹(母親)も驚いた。そして「私はいろんな人がいるって知ってる環境にいるんだもん、メイク好きな男の人もいるし、パレードとか行くといっぱいいろんな人がいて素敵さー、だから、自分のいいものを選んでいいんだよって知ってる」と興奮気味に語ってくれました。

一生懸命伝えようとしてくれた小学4年生に、おお〜!と大人3人で拍手。  

「当たり前と思って刷り込まれたイメージで生活していくと、お金もかかるじゃん、怖〜」と大人たちは言いました。  

そして皆で「今更こんなことがニュースになるなんてねぇ」と話ました。この時期になると普段は「ラン活」記事を載せて購入を煽るメディアなのにねー。  

 

沖縄では、学校側がランドセルに限ると指定してる環境が多数なのかわからないけれど、自分の(子供たちの)行きやすい様にすることが当たり前でしょうに。重くて高いランドセル、子供の意見は聞いてるかや?  

やっぱり環境って大事だなぁとしみじみ思いました。  

そして、私(マイノリティー)が、フツーに生きてるってすっごい大事じゃんと思ったのでした。

 

 

 

伝える姿勢

先のブログにも書いた「結婚の平等にYES!」イベントで思ったこと。

12月の砂川さんのメルマガに寄たお話もUPしておきます(ちょっと足した部分もあります)

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私とパートナーは先日、「結婚の平等にYES!」というイベントへ行って来ました。このイベントは公益法人「marriage For All Japan-結婚の自由をすべての人に」の呼びかける同性婚実現に向けたキャンペーンで、全国の地域・セクターを超えて連携すること、市民の理解促進、機運向上が目的です。今回、沖縄でも実行委員会が立ち上げられ開かれました。

 

メインは『同愛一家』(原題)という台湾のドキュメンタリー上映で、その後、トークセッションがありました。トークセッションのメンバーは、イベントの実行委員のてぃーだあみ(セクシュアルマイノリティと社会を取り巻く問題を出発点に、人権について考え、語り合い、発信していくグループ)から竹葉さん、台湾からのゲストで台湾ジェンダー平等教育協会事務局長のハンさん、沖縄で女性同士のカップルで子育てをしているmatoさん(fufu-hug 当事者カップルへの個別相談や学校での授業づくりやイベント企画などを行なっているそうです)に、同性婚訴訟の九州弁護団からの仲地綾子弁護士(沖縄出身の方)、そしてもう1人、実行委員リキさん。リキさんは、沖縄初のろう者のセクシュアルマイノリティを支援する当事者団体「いるまんちゃー」の副代表です。

 

私が心に残ったのは、映画も良かったのですが、イベントを伝えようとする姿勢でした。舞台上には手話通訳の人が2人?3人いたかも。

それと、台湾からのゲストにもしっかり日本語通訳が1人付いていました。そして、映画用のスクリーンとは別にスクリーンが用意されていて、会話を文字にして表示するようになっていました。黒バックに白抜きの文字で見やすく、司会による言葉や登壇したみなさんのちょっとしたやり取りも、文字表記されていました。

 

いるまんちゃーの副代表のリキさんの手話にも、同時通訳的な発声の通訳が付いていました。もちろん文字の表記もされます。

 

私は、参加した人が、聞こえないとか通じないとかで残念に感じてはいないかと、心配にならずに過ごせました。このような感覚になれたのは初めてだったと思います。こういう気配りや姿勢って、良い催しでも足らない部分だったりするのです。残念あるあるです。

 

今回のイベント、実行委員の皆さんに、感謝と拍手を贈りたいです。

いろんな背景、事情を持つ人たちが参加しやすい場を作る意識、それを実践していくって、カッコいいよなぁと。

 

 

 

 

 

 

 

「結婚の平等にYES!」へ行きました

 

 

結婚の平等は、きっと近い将来この国でも実現するだろう。

そうならなくては、この国の未来はないと私は思っている。

 

私とパートナーは先日、「結婚の平等にYES!」というイベントへ行って来ました。このイベントは公益社団法人「Marriage For All Japan-結婚の自由をすべての人に」の呼びかける同性婚実現に向けたキャンペーンで、沖縄でも実行委員が立ち上げられ開かれました。

 

メインは映画上映で『同愛一家』(原題)という台湾のドキュメンタリーを観ました。その後、トークセッションがあり、メンバーはイベント実行委員と台湾からのゲストと、女性同士のカップルで子育てをしている方、そして同性婚訴訟の九州弁護団から弁護士(沖縄出身の方)でした。

 

台湾はアジアで初めて同性婚を認めた国。

映画では、同性婚が認められるまでの台湾の様子を3組の家族の日常を通して見せてくれます。精子バンク(?)を利用して子を持ち、パートナーとの婚姻を望んでいるレズビアンカップル、起業し生活の安定を願う若いゲイカップル(一人はマカオに国籍がある)そして、長年連れ添い老いを実感するゲイカップルです。

沖縄と近い地域の台湾、日常の雰囲気も似ていて、とても身近に感じました。

私は長年連れ添ったゲイカップルに自分たちの今を重ねていました。映画では長く連れ添ったパートナーに物忘れの症状が出て来て、それを看ている相方が「自分にもしものことがあったら、この人はどうなってしまうのか」と心配するところはもちろん、実は一番重なったのは、本当に普通の飾らない生活のシーン。朝起きて食事をつくって(彼らの朝食はスムージーみたいなものでしたが)毎日同じメニューを続けているところや、寝巻きだったり下着でウロウロしたり、ダラっとした感じとか。パートナーに散髪をしてもらっているシーンは本当にうちと同じで笑ってしまった。

 

一緒に買い物に出かけ、病の症状が出るパートナーをサポートしている様子は、私たちカップルも、こんな感じだよなぁと思うのでした。

日常ってどこも似ているんだなぁと思いながら観ていました。

が、台湾では同性婚が認められました。彼らは結婚の平等、人権の平等を手に入れたのです。

ああ、一気にウチとは全然違う景色になった。

 

私はパートナーと長年暮らして来たけれど、病気になった時も個人の制度を使って凌いできました。急に入院した時も病院側にパートナーを認めてもらえずしんどいことあったし。細々と払っている保険も自分が死んだらパートナーではなく、受取人は妹のままだ。保険会社もLGBTへの取り組みは進んでいて、受取人を同性パートナーにすることは可能になっているとこも多いけれど、パートナーシップ証明書などの提示が条件とかで、それはうちにはクリアできない条件です。残念。

お互いがどこに住んでいても、安心できるように、生きているうちに同性婚が出来るように。そのために自分なりに動くし、表立って活動を頑張る仲間たちへの応援もしたいとあらためて思ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「満身創痍」

 

「満身創痍」意味を調べると「身体じゅう傷だらけであること」「精神的に傷つき、痛めつけられているさま」「さまざまな病を抱えて苦しんでいるさま」とある。まさに当てはまるなぁとしみじみ思う。あんまり自分に当てはめたくないけれど、実際はピッタリで泣きが入る。

 

だいぶ昔から持病を抱えて生きてきたので、心身状態の凹みは幾度もあって、この歳にもなると、その凹み時期をやり過ごすのもちょっとは上手くなっている…で、鈍感力や最近では楽観力も身につけた。と、思ったのに。

 

このところ数年前から患っている腰部脊柱管狭窄症が、急激に悪化。酷い時にはベッドから起きるのも激痛でやばい状態だった。どうにか痛みで叫ばずに起きられるくらいになったが、両足に痺れや痛みが出て、歩くことが容易でない。背を伸ばせず腰を曲げ屈んで歩く。それでも部屋の中の移動がやっと。トイレやお風呂は自分で出来ているのが救いだ。

 

ああ…今、大きな持病を抱えつつ別の疾患が出てきて。痛み、治療をしなくてはならない時、ほんと凹む。

この感じ、大きな持病を抱えて生きているのと、セクシュアルマイノリティが背負わされている重荷と、似ているとおもうんだよなぁ。下ろすことが出来ない荷物。

 

ただでさえセクシュアルマイノリティとしてしんどさを抱えているのに…これってまさに満身創痍。もう思考停止したい!って思ったり…

でも、それでも生きるために考えちゃうんだよな…(苦笑)って言っても答えが出ないただ考えているだけがほとんどで。

 

そんな感じに過ごしていて、最近わかったのが、この無駄と思われがちな答えを出ない時間が大事だということ。それは、無駄ではなくていつでも「時間は流れている」ということだった。痛みに耐えているのはしんどい。でもそんな状態のときで時間は流れていて、今の痛みの具合が確実に変化しているということ、息を堪えて痛みを堪えているとだいたい少し和らぎが訪れる。ピークをやり過ごせる。苦しさが過去になる。痛みに対して身体も精神も対応できるようになったりするから。時間って凄いって思うのです。

 

時が過ぎるのが早すぎて嫌になることもあるけれど、時ってすごい。

私たちセクシュアルマイノリティの存在が当たり前にもなったし。

そしてもっとその当たり前が広がって行くはず!

 

あらら、痛みのせいで泣き入ってたのが書いている間に、心晴れてきたかも。

いやいや、それって薬の効果でしょう(笑)早く痛みを抑えたいわ〜