私は自分が他の人と違う部分がある。 物心ついた頃にははっきりそう思った。 そしてその違う部分は、みんなに言えないことだと察知した。
異性愛者が多い(と思う)社会で、物心ついたばかりの子供が知ることの一つ。
それは背負った荷物。(背負わされたと言った方がしっくりくるかな)
荷を解くこと無く、そうして多くの人の中で紛れて生きて来た。
私は自分と同じく少数者がいることを知っている。
いろんな荷物を背負い生きている。私の隣に乗り合わせた人も重い荷物を背負っているかもしれない。
背負っている荷物の重さや大きさはそれぞれの心にある。
私はそれを私の秤ではかることはしたくない。
ただ隣になったら、お互いよく生きてきたよねと分かち合いたい気持ち。
自分の中の息苦しさはどうにか折り合いつけられるようになったけれど、
私と同じセクシュアルマイノリティは、苦しさを抱え 死んでしまう人もいる。
殺された人たちもいる。歴史は続いているってことも知っている。
ここで毎日を生きている。
ここで起こっていることは、他でも起こると知っている。
ここで起きている大きく深い闇は、見過ごされやすいから心配。
どこだって同じように生きやすい場所にならなきゃだもん
そんなの知りたくない!っていう人にも、生きやすい場所になるように